雲をつかむような状態が一番苦しかった

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TanbaStyleをやろうと声をかけてもらったときは「まだ雲をつかむような話でイメージつかなかった」という哲次さん。

やるとなればそれなりに大変だろうな、という思いはあったけど「せっかく声をかけてもらったからには」とTanbaStyleに入ることを決めたといいます。

1年目。まだ何をするか全く未知数の状態で「何をどうするか?」ということを会議を重ねていくことになります。1年目の何をすればいいかが分からない状態が一番苦しかったといいます。

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2年目以降、グランフロントでのイベントや東京インターナショナルギフトショーなど外部に発信することで、これまでにはない繋がりが広がっていくことが一番TanbaStyleとして手応えがあったと語ってくれました。

2年間の活動が奏功し、3年目はTanbaStyleも多少なりとも知られるようになりました。TV、新聞などのメディア取材もたくさん増え、ちょうどその年に委員長を務めるようになったのが哲次さんでした。

プレゼンやメディア取材をたくさんこなすことは今まで普段の生活の中であまり無かったので、TanbaStyleの活動の中でも非常に印象的な出来事として語ってくれました。

今までにない作風の広がり

TanbaStyleの活動で一番大きかったのが「作風の広がりと変化」だといいます。

TanbaStyle以前は、比較的シャープな作風が中心でした。TanbaStyleの活動で「洋食のうつわ」を考案することになり、洋食のうつわとしてふさわしい形や色についてかなり考えたといいます。

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[リムの形や色合いに苦心したという洋食のうつわ]

その結果今まで使ってこなかった色を使うことだったり、フォルムのバリエーションが広がったといいます。

特にTS+を考案する中で生まれた明るめの土の柔らかみを感じることのできるマグカップや、パステル調の色使いなどはこれまでにない哲次さんの作風といえます。

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[右:明るめの色合いがぱっと目をひく新しい作風]

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[様々なパターンがあるTS+マグカップ]

自由に表現に挑戦できるのが丹波焼の産地のいいところ

TanbaStyleの活動ではもっとたくさんの人にTanbaStyleや丹波焼を知ってもらうため、販路拡大に挑戦していきたいとおっしゃる哲次さん。

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この豊かな自然の中で自由に表現にチャレンジできる丹波焼の産地の懐の深さを感じながら、今日も器づくりに励んでおられます。

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[柔らかな陽光が差し込む工房]

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[立杭の高台にある悟窯]

インタビュー・記事:TanbaStyle事務局

市野哲次の作品(TS+)はこちら